2011-03-31

リスクコミュニュケーションについて 小山教授-静岡大学教育学部

原典:火山に関する知識・情報の伝達と普及
    -減災の視点でみた現状と課題-小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室教授)
    リンク:http://goo.gl/55Y8c


3.リスク情報の発信・伝達・受容にまつわる諸問題
本節では,火山のリスク情報の発信・伝達・受容にまつわる諸問題についての研究や実践的活動のうち,単なるケーススタディにとどまらずに一般化を試みたもの,応用範囲の広い知見・手法として記憶にとどめたいもの,さらには未解決の問題点・論点などを紹介する.
火山や自然災害に限らず,社会に潜在するさまざまなリスクの情報をどう伝えるかについては,心理学者による研究が幅広くおこなわれている.それらの知見の中には,火山専門家が傾聴すべきものが少なくないため,まずその代表的なものを紹介する.次に,リスク情報伝達についての火山学界側での研究史を振り返る.さらに,情報の発信側,伝達媒体,受け手側の3つに分けて,具体的に顕在化している問題の現状を把握する.


3-1.リスクコミュニケーション
人間社会は,火山災害に限らず,事故・災害や危険物質などのさまざまなリスクにさらされている.専門家はリスクに関する知識や情報をいち早く知ることができる立場にあり,それらを一般市民にわかりやすく伝える責任を負っている.しかしながら,専門家と市民それぞれの基礎知識・経験には大きな差があるため,リスク情報を専門家から市民に誤解なく伝達することは難しい.
中でも,発現する確率が非常に小さい(しかし,いったん発現すれば大きな災厄をもたらし得る)リスクの情報について専門家と市民が相互理解し信頼関係を築くことには,しばしば特別な困難がともなう.地震・火山噴火・突発的環境汚染・原子力事故などの稀にしか起きない低頻度災害においては,(1)情報が風評被害を生み,地元経済にダメージを与える,(2)情報がパニックを起こす恐れがある,(3)対策の目途がたたないリスクの存在が公表されるのはまずい,(4)基礎知識が十分でない一般市民にはそもそも情報を誤解なく伝えることができない,などの理由によって情報発表が自粛されたり,外部から圧力がかかって公開が妨げられたりするケースが存在する.
しかしながら,そうした情報隠匿の事実が明るみに出ると,専門家と市民の間の信頼関係が大きく損なわれ,回復に長い年月がかかる.そもそもリスク情報自体に罪はなく,情報伝達の仕方がわかりにくかったり一方的であったり,あるいは平常時の教育や市民との対話を怠っていることなどが根本原因であるが,そのことを十分理解している専門家や行政担当者の数は少ない
このようなリスク全般についての情報発信・伝達・受容の問題を,認知心理学・社会心理学・組織心理学に関する内外の豊富な知見・研究事例をベースとして一般的・総合的に取り扱い,現状や解決法を広く論じた研究として,吉川(1999,2000)が挙げられる.
最近,行政や企業などに「リスクコミュニケーション」の考え方が浸透してきたが,吉川(1999,2000)はリスクコミュニケーションの教科書としても最適である.吉川(1999,2000)によれば,これまでリスク情報は専門家の価値観だけによって取捨選択されがちであったが,そのようなやり方は民主主義が浸透した現代社会においてもはや通用せず,専門家が真摯に市民と対話することによって市民のもつ多様な価値観やニーズを学ぶ過程が,リスクの社会的受容や合意形成のために不可欠であるという.その考え方を具現化したものが,リスクコミュニケーションという双方向の情報伝達である.
火山災害の減災に取り組む専門家・行政担当者・一般市民のいずれにとっても吉川(1999,2000)から学ぶ点は多いが,ここではとくにTable 1に示した5つのポイントについて,簡単な解説をほどこしておく.
Table 1 よりよいリスクコミュニケーションを実現するためのポイント.吉川(2000)から筆者がとくに選んで引用したもの.
Table 1 Principles for better risk-communication, quoted from Kikkawa (2000).
-----------------------------
(1)パニック神話
一般の人々が過度に不安にならないように,従来とられてきた情報戦略とは,リスク専門家が情報の取捨選択をして,「住民が不安がる」とか「不要な混乱を招く」ことがないよう,リスク情報を伝えることであろう.そうすることによって,リスクの社会的増幅が防げると,おそらくは信じられてきたと推測できる.しかし,リスクの社会的増幅を招くものは,そもそも人々の不安や疑念ではない(中略)人々は情報を求めているのだから,そのニーズに迅速に対応しないことが,スティグマ化や不信,うわさの発生を招くのである.科学的に正確な情報を伝えることだけでは,社会的増幅を防ぐ手段とはなり得ない.ましてや,パニックを恐れて情報を隠蔽することは,社会的増幅を防ぐことにはつながらない.むしろ,情報を伝えることによってパニックが防げるのである.(p.151-152)
----------------------------
(2)組織の意思決定
集団の意思決定については,その決定結果が,必ずしもその集団の中の有能な個人の決定よりも優れたものとはならないことを,多くの研究が明らかにしてきた.しばしば「三人よれば文殊の知恵」といわれるが,このようなことは現実には起こりにくいことが明らかになっている.ことに,集団浅慮といわれる現象は,集団による意思決定の場合,最適の決定ができないこと,むしろ誤りがあり得ることを実証的に明らかにしたものである.集団浅慮とは,集団の意思決定において,メンバー個人が持つ批判的な思考能力が,集団の話し合いの過程の中で失われる結果,過度に危険(リスキー)な決定を集団が下してしまう現象を指す.(p.132)
----------------------------
(3)受け手を安心させる情報
リスク・コミュニケーションにおいては,それにかかわる組織は,リスク情報を伝えるだけでなく,組織としていかにリスクを管理しているかについての情報をも,伝えることが求められている.単にリスクが小さいとか,安全であるというだけでは,情報としては十分でない.どのようにリスクを管理しているから安全だといえるのか,また事故が起こった場合にはどんな対応がとられるようになっているのか,などについての情報が必要とされる.(p.140)
-------------------------------------------------------------------------------------------
(4)受け手のニーズと価値観
人々が何に対して関心を持っているのか,また何を恐れているのかを十分に理解しなければならない.リスク・コミュニケーションにおいては,価値観の相違がつきものである.しかし,リスク専門家はリスクの科学的な問題については専門家であるとしても,価値観について専門家であるわけではない.専門家の価値観に基づいてリスク・コミュニケーションが行われることがあってはならない.(p.213-214)
---------------------------
(5)教育のポイント
リスクについての情報を批判的に読み解く能力を,教育によって形成していくことがリスク・コミュニケーションにおいては重要である.(中略)こうした教育に重要なポイントとして,次の三つが指摘されている.(1)ゼロリスクはないと理解すること,(2)リスクとベネフィットの両方を考えることが必要であると知ること,(3)リスクについて確実なことはなく,不確実性は避けられないと知ること.(p.214-215)
---------------------------
パニック神話
災害情報を不用意に流すことによってパニックが起きるという根強い偏見が,とくに行政担当者や科学者・ジャーナリストの一部にあることが,心理学者によってたびたび指摘されている.この偏見は「パニック神話」「パニック幻想」などと呼ばれる(たとえば,岡本,1992;広瀬,2004).吉川(1999)もこの点を指摘しており,むしろ情報を知りたいという住民のニーズに対して迅速に十分な情報を提供することによって,パニックや混乱を防ぐことができる点を強調している.
組織の意思決定
組織心理学の視点から見た場合,旧来的な合議による組織の意思決定にはさまざまな弱点があること(亀田,1997;足立・石川,2003;鎌田,2003など)が紹介されている.とくに「三人よれば文殊の知恵」という状況が現実の会議システムでは起こりにくいとの指摘は傾聴すべきものである.吉川(2004)は,組織心理学の視点から噴火予知連の議事録分析を実際におこない,いくつかの疑問点を提出した.
受け手を安心させる情報
単にリスクが大きい小さいという情報だけで,市民に十分な安心感を与えることはできない.そのリスクがいかに管理されているかという情報を伝えて初めて,住民の安心や信頼を得られることが説かれている.火山災害に関係した情報伝達において,まだそのような情報伝達は十分でないだろう.
受け手のニーズと価値観
双方向の情報伝達の機会を十分にとり,住民のニーズや価値観を知り,情報発信側の価値観だけにもとづいた独善的な情報伝達を避けることがリスクコミュニケーションの真髄と説かれている.火山災害に関するリスク情報の伝達は,まだまだ専門家や行政担当者から住民への一方通行的なものが多いので,傾聴すべき主張である.
教育のポイント
リスク情報のリテラシー教育の重要性とポイントが解説されている.そのポイントとして,リスクがゼロということはありえないし,不確実性も避けられない点を伝えることと,リスクだけでなくベネフィットを併記・比較して伝えることの重要性が説かれている.火山災害のリスク情報についても,まったく当てはまる点である.
(小山真人博士の許可を得て転載いたしました)
------------------ 引用終わり -------------------

関連論考 医学書院 「危機時における情報発信の在り方を考える 新型インフルエンザのクライシスコミュニケーションからの教訓」吉川肇子(慶應義塾大学商学部准教授) http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02853_04

以下 要約 ----------

非理性モデルと理性モデルである。非理性モデルでは,人間をあたかも物体のように見立て,自発的な意思もなく流されていくと考える。行政機関やマス・メディアの報道は,このモデルに沿っていることが多いとされる。一方,理性モデルでは人を情報や集団の絆,役割などに従って自発的に考え,判断し,行動する主体としてとらえる。
このように,前提としたモデルによって,設計されるクライシスコミュニケーションは異なってくる。非理性モデルに基づくならば,「人々はパニックを起こすから,冷静な対応を呼びかけなければならない」,あるいは,「うわさに惑わされるかもしれないから,正しい情報に基づいて行動させなければならない」となる。今回の新型インフルエンザ発生の際に,行政機関が繰り返し「冷静な対応」や「正確な情報に基づく行動」を呼びかけたのは,非理性モデルに基づいてコミュニケーションをしていたからである。
しかし,災害など緊急時の人間行動を分析した社会心理学によれば,人々が危機に際して非理性的に行動した例は極めて少ない。すなわち,非理性モデルは現実に起こっていることと一致していないのである。
また,過去に社会的混乱を引き起こしたうわさ(流言)は,その多くが行政機関からの情報がもとになっている。例えば,阪神・淡路大震災の際に発生したうわさを分析した故・廣井脩 東大教授の調査によれば,防災機関が発表する情報が難解だったり,あるいは何の解説もなく専門用語が使われていたりするために,その情報が誤解され,流言化していったことが明らかになっている。つまり,うわさを引き起こすのは,人々の非理性的な行動ではなく,理解しにくい情報を提供した者なのである。
----------- 引用終わり
追記 4/2 信野毎日新聞 
 こういうとき怖いのは、情報不足による疑心暗鬼だ。関東で水道水から放射性物質が検出されたとき、西日本に避難する動きが加速した。東京にある各国公館の職員が本国に引き揚げたりもした。いずれも正確な情報が提供されなかったことが大きい。

大気や水、土壌の中の放射能を広い範囲にわたり、常時監視する体制を整える必要がある。データはネットでいつでも見られるようにするのがいいだろう。

原発事故が収束に向かい放射線量が下がっていけば、不安心理は自然に収まるはずだ。危険が高まる場合には万一の心構えを促すことができる。

海外に向けての説明も重要だ。長野県産野菜から基準を超える放射性物質が検出された、との誤った情報に基づいて、ロシアが県産野菜の輸入を禁止した。こうした無用な混乱を避けるには、外国語による発信も有効だろう。

日本政府の発表はこれまで、内外で必ずしも信用されていない。「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」といった紋切り型の発表はやめて、リスクを懇切丁寧に説明することだ。

No comments: