左図:3/12-15:36 右図:3/14-11:01 |
今まで東電が言ってきたイメージとは違い、炉心温度が被覆管(ジルコニュウム)が溶け出す1100℃から燃料ペレット融解温度2800℃まであっという間に駆け上がり、震災当日20:00には燃料溶融が始っていたことになる。
クリックで拡大 |
とすると、データ解析及び事前想定の一番確度の高いストーリーを国民に知らせなかった官邸の罪は重い。漸次的避難区域の拡大や炉心への海水注入のおくれなどを、原発事故対応が的外れあるいは少なくとも後手にまわった要因だろう。
今からでは初期の放射線汚染を取り返すことができないが、日本としての最高能力を発揮できるだけの対策司令部の再構築を急いでほしい。
東電資料 LINK
今からでは初期の放射線汚染を取り返すことができないが、日本としての最高能力を発揮できるだけの対策司令部の再構築を急いでほしい。
東電資料 LINK
No comments:
Post a Comment