2011-03-05

Good outcome for a bad deal - By Clyde Prestowitz Prestowitz

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Good outcome for a bad deal

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(この画像からははっきりとその関係が見て取れる。主従関係である。:訳者コメント)
ナポレオンは幸運な将軍が好きだといつも云っていた。おそらく彼はバラクオバマを好んでいただろう。
大統領は実に幸運である。韓国の人々が政治的自殺行為であるFTA合意にサインするという汚れた仕事を引き受け彼を助けたのだから。このFTAは米国の貿易赤字と失業率問題の増加をもたらすかも知れなかった。
昨日のソウルからの報告によると協定は実質的には終わりオバマと韓国大統領の李明博は本日(木曜日)自らが規定した期限までに協定にサインするために会っている。韓国経済の将来と国家安全保障の双方に必要不可欠な取引契約であるとして執拗に推進してきた韓国は、米国産牛肉のわずかな輸入量の増大や少量の外国輸入車による排出量基準のわずかな緩和に同意することは出来ないと唐突に言い出した。
中国のように韓国はすでに自国通貨を操作しているし、無数の微妙な官りょう規制や非公式協定の押しつけによって韓国市場は世界の最も閉鎖的な市場の一つになっている。その一方で、米国からの輸入量の大幅増加をもたらすとは言えないこれら二つの米国の要求にどうして同意できないのかと不思議に思うかも知れない。しかしオバマは実際のところ韓国の経済的な被害妄想という幸運星に感謝すべきだろう。なぜならこのことは彼の政権の中の最悪な本能からおそらくオバマを救うからです。
私たちの全てが自由貿易支持者だろうし自由貿易というレッテルに反対することは厳密にタブー視されていることを私は知っている。しかし実際のところ、韓国との貿易においてなにがしかの貿易の自由を持っているとだれが信じるだろうか?政治的マターとして外国の知的財産への権利侵害を助長し、外国企業の韓国特許を裁判所が当たり前に取り消す、そんな国なのです。
提案されている協定は韓国関税の大幅削減をもたらすだろうし韓国への外国人投資を促進するし、知的財産の保護に関する強い約款が含まれている。しかしながらもし裁判所がその約款を実現させようとしないならなにがポイントだろうか。そして関税は韓国への外国(企業)の進出に対する実際的な障壁ではない。なぜなら関税引下げの効果を相殺する通貨操作を韓国政府は出来るしそうしているからだ。韓国における外国人投資の促進に関して云えば、米国における投資が必要とされたときにどうして特別にそのこと(投資すること)を望むのだろうか?
投資に関する提案されてい協定は、(米国では)すでに実質的に効力があり、韓国企業の米国支店が、世銀や国際裁判所に控訴することによって米国の規制基準や米国法体系からうける影響の外で、訴訟提起することを許している。
それがどうしたって?米国は一貫して、国家主権を守るという理由で、国際刑事裁判所への参加を拒否している。しかし、外国企業が特定の紛争における米国法体系の主権を回避できることを可能にする貿易協定にいまにもサインしようとしていた。協定を推進してきた共和党がこのことを理解しているかどうか私は疑問に思う。
しかし主権は本当に重要な点ではない。問題は雇用なんです。ここにおいて協定は完全に失敗します。もちろんワシントンにおいて様々なシンクタンクによる多くの研究があります。驚くべきことでは無いのですが、数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使うことを彼らは証明したに過ぎないと云うことです。
もしあなたが協定に賛成だとしたらあなたの観点等々を確認できるコンピューター(による)モデルを簡単に見つけることが出来ます。さて、私の知っている韓国の交渉担当者に、この協定が米国による韓国への輸出や米国の雇用の著しい増加をもたらすと友人間の率直さにおいて彼が考えているかどうかの質問をしました。彼は即座にNOと答えました。また、韓国におけるビジネスについて何かを知っている人はそれ以外の答えをだれも信じないとも。
オバマ氏の幸運な流れが続くよう期待しましょう。少なくとも韓国から出て行くまでは。
クライドプレストウィッツ:経済戦略研究所所長であり ”アメリカ繁栄の裏切り”の著者
翻訳:manomasumi  投稿時点でのForeign Policy の「Transelate」ボタン上の訳は全面的に私の訳です。

プレストウィッツ一家と日米関係


プレストウィッツ一家と日米関係 (ワシントン日本商工会会報 2000年6月号)

村上博美(経済戦略研究所 研究員)


かつて、ジャパンバッシングの筆頭に挙げられ、“日米逆転”の著者でもある、経済戦略研究所のクライド・プレストウィッツ所長を知らない方は、ワシントンにはおられないでしょうが、1970年代に日本人の男の子を養子にした、同氏の一面を知る人は少ないでしょう。その知られざる一面を、同研究所研究員の村上博美さんに紹介して頂きました。



先日、旧正月のお祝いにと、プレストウィッツ家に招かれました。広い壁面には、アメフトで鍛えた学生時代の勇姿や、新聞の一面を飾った商務省時代のエネルギッシュな記事、時の人、共和党元大統領候補ジョン・マッケイン氏と並んで撮ったものなど数多くの写真が所狭しと並んでいました。その中でも一際目を引いたのが、大きく引き伸ばした中国系アメリカ人の夫人と3人の子供たちと一緒の微笑ましい家族写真でした。

ここで、彼の日本との関わりを見ると、1965年1月、若きプレストウィッツ氏は、妻と生後3ヶ月の娘を連れ、横浜港につく客船President Wilson号から初めて日本を目にします。当時、ハワイの大学院からあまり人気のない日本へ留学したのは、奨学金の条件がアジアの言語を勉強することだったことと、修士号を修了するのに必要だったためでした。初め中国語を勉強しようかと迷った氏に日本語を勧めたのは、エンジニアだった義父だったそうです。彼曰く、「中国はモノを作らないが、日本はモノを作る。」と。周囲の人々の心配をよそに、ご当人たちは、未知の国に対する好奇心と冒険心でいっぱいだった。とは言うものの、その当時の日本のイメージは、新鮮,エキゾチック、そしてもの珍しさ。氏は、「裕福でなかったとはいえ、アメリカでは車も持ってたし、家にもお風呂はあった。」入居した目黒のアパートは、6畳と3畳に台所、トイレ、風呂なし、暖房は石油ストーブのみ、その上お湯はでない。そんな家でも日本人からは羨ましがられた。アパートでの初めての夜、はだか電球の下で、長女を湯浴みさせるため、お湯を沸かすのにてんてこ舞いしたことを懐かしく思い出す。石油ストーブのセールスマンがちょくちょくストーブの具合を見に来てくれたのは、自分たち家族が一番のお得意さんだったからと勝手に解釈している。はじめての銭湯ではちょっぴり戸惑った。女の人が男湯の脱衣所で、衣服を片づけたりタオルを渡したりしていたからだ。

1976年、11年ぶりに再度日本の地を踏んだ氏は、今度は外資系ヘッドハンティング会社の副社長として日本の市場に飛び込みます。当時、有能な日本人役員を確保するのが難しかった外資系会社は、なんとかしてくれと氏に泣きつきました。日本の会社の数倍の給料を払うことで、やっと見つけた日本人部長の初出社の当日、朝11時になっても姿を見せない。心配になって電話したところ、「やっぱり外資へは行けない。家族や親族が大反対するんだ。」その時ほど、日本の社会的な壁の大きさを感じたことはない。今では、東大卒業生が先を争って外資系企業に就職するという話を聞くと、時代は変わったと感慨も深い。「あの頃の日本は、今とは全然違う。」外資系の会社に働こうという希有な日本人役員は皆無だった。なんとか探してくれと頼まれたが、「仮に見つかったとしても、雇わない方がいいよ。なぜかというと、そういう日本人は狂人しかいないから。」と言ったものだ。おかげで、氏自身が人工腎臓を作る会社の日本支社役員を兼務することになった。ラッキーだったのは、人工透析の新しい技術が本国で開発され、日本のライバルに大きく水をあけることができたこと。その技術を日本の市場に提供するために、厚生省との折衝や医療機器流通業者との対応にあけくれ、日本のビジネスが如何に動くかを肌で経験することができた。一度目の滞在と違ったのは、「お客さん扱い」されなかったことと、府中の西洋式の家に住んだことかな、とは本人の弁。

日本にはよき思いでもたくさんあるが、複雑な思いも多々あると言う。日米通商摩擦がピークを迎えたレーガン政権時代、商務長官特別補佐官に任命され、再び日米関係に携わることになった。日本の新聞からは、ことあるごとに目の敵にされ、中傷めいた記事も多く書かれた。1980年代初め、ブッシュ副大統領と共に羽田に降り立ったプレストウィッツ氏は、名前を呼ばれて振り返った途端、フラッシュが光った。翌日の某経済新聞の一面の写真は、ブッシュ副大統領ではなく後ろのスタッフ用タラップから降りるプレストウィッツ氏だった。そして通商交渉の内容と共に「戦後日本にとって一番の悪者」と名指しされた彼の記事が紙面の大半を占めていた。「あの時は、本当に辛かった。日米双方にプラスになる道を模索していただけなのに…。よき思い出、よき友人がいっぱいいる日本をどうして陥れようとするだろうか。」その記事のでた翌日、その某経済新聞社に知人の恭子さんが憤慨して手紙を書き送った。「記事は間違いが多すぎる。本当のプレストウィッツさんは私たちのよき友人です。」と。その手紙は今でも大事にとってある彼の宝物だ。未だに「日本」には、いろんな意味で、特別な思いを持っていると言う彼は、毎日、日本の新聞雑誌類には必ず目を通す。彼にとっては日米関係は今も重要さを失っていない。

そんなプレストウィッツ氏も彼を支え続けた夫人には頭があがらないという。気さくで話し上手な夫人は、場を和ませる天才だ。日本にいた1965年頃の話だが、夫人が「お寿司っておいしいわねぇ。これアメリカに持っていったら流行るんじゃないかしら?」と言ったところ、「冗談じゃないよ。アメリカ人が生の魚なんて食べないよ。私たちはアメリカ人の中でも変人だからね。」と一笑に付した。それが今はどうだろう。寿司レストランが多いことに驚く。海外経験は、実は多い。日本へ行く前に外交官試験に受かっていて、日本で過ごした直後、オランダのロッテルダム勤務になる。その後アメリカへ帰りSCOTT社に転職し、4年のブリュッセル勤務となった。ブリュッセル勤務の後、再度日本勤務になった時も、妻の「このカップラーメンていうの、便利ねぇ。アメリカ人に向いてるわよ。」という夫人の言葉を聞き流していたら、今ではどのスーパーマーケットでも見られる商品になってしまった。今でこそ「妻の言うことは、すべて聞きます」というプレストウィッツ氏だが、カップラーメン輸入で億万長者になるより、日米関係で名を馳せた方が本人の意とするところであったのではないかと、あまり悔しそうでもない顔を見て思うのです。

プレストウィッツ氏が脚光を浴びた1980年代は、いろんな意味で日米関係のうねりがあった時代でした。ダイナミズムがあったと同時に、お互いに成長した貴重な時代だったのではないでしょうか。私も1981年から2年間アメリカで過ごしました。当時通っていた中学校の社会科の先生に、「日本には今でもサムライがいるのか。」と聞かれ、非常に驚いたことを覚えています。アメリカの南部の田舎ではその程度の認識だったのでしょう。それから見ると、その後の20年間、日本への理解度や関心度の進展には、目を見張るものがありました。1960年代の日本を知っていて、且つ日米関係に関わっている人たちが段々少なくなっていきます。プレストウィッツ氏の言う、日本の輸入障壁を取り除き、貿易によって安いものをどしどし輸入し、不必要な談合や非効率な流通機構に変化を促してくことは、日本の消費者のため、そして消費がGDPの6割を占める日本経済にとっても、プラスではないでしょうか。最近日本への関心がとみに減っているワシントンで、日本に情熱をかけている数少ないアメリカ人の一人である彼は貴重な存在です。エド・リンカン氏しかり、プレストウィッツ氏しかり。何も日本が憎くて苦言を呈しているわけではないことは、少しお分かりいただけかと思います。



プレストウィッツ一家と日米関係


2011-03-03

「異常な契約TPP」(No Ordinary Deal) 本紹介 要約

The Jounal  2011-02-06   http://goo.gl/yaXub オリジナル文より要約

村上良太:TPPを考える1冊 

「異常な契約 TPP」(No Ordinary Deal)

 著者へのリンク 本へのリンク

ニュージーランドで反TPPの活動を繰り広げているオークランド大学法学部教授ジェーン・ケルシー(Jane Kelsey)さんが編集した本を紹介する。
 原題は'No Ordinary Deal' (Unmasking the Trans-Pacific Partnership Free Trade Agreement )である。訳せば「普通ではない契約」になる。副題は「TPP協定の正体を暴く」
 オバマ大統領にとって再選のためにはアメリカ経済を立て直さなければならないが、その人身御供にTPP参加国が供せられる、というのがずばりその正体だという。オバマ大統領はアメリカ市場をがっちり外壁で守った上で、TPP協定国をアメリカの大企業に都合のいいように規制を緩和し、市場を準備するのだという。
 ケルシー教授が「異常な契約」と呼ぶ理由もそこにある。ニュージーランドや日本などが、TPP協定のデザイン(内容作り)からはずされているのに、そうした国々が一体いかにしてアメリカ市場に参入できると信じられようか、というのである。
 そもそもトレードアグリーメント(通商条約)と銘打っていること自体が誤解だという。TPPは輸出入がメインの協定ではそもそもない。TPPの中核部分は参加国の国内政策をTPPによって改変することにある。その背後にはワシントンでうごめいているアメリカの各業界のロビーストたちがいる。
 たとえばアメリカの製薬業界はTPP協定国の保健医療行政を米製品の売り込みに都合のいいように変えて行きたい。ニュージーランドなら、Pharmac(薬の輸入を管轄)、オーストラリアならPharmaceutical Benefits Scheme などを操作することが予想されるというのだ。さらに、食品管理の基準や知的財産権についても同様にアメリカにとって都合のいい形に参加国を変えていくことになるだろう。
 その最も恐るべき局面はひとたびTPPに参加してしまったら、TPP協定に反する規制をした場合、海外の投資家から政府が訴えられることも可能になるというのだ。その裁判も当事国の国内法廷ではなく、WTOや世界銀行などがもうけた法廷で行われる。こうなると、一国の国内政策もなしくずしにされてしまう。選挙で改革を望んでもTPP協定に反する政策は不可能となる。
(この記事(*オリジナル)は「日刊ベリタ」から許可を得て転載しました)

「TPPについて私が知っている二、三の事項」 要約

The Journal 2011-02-28  http://goo.gl/K2DRf  オリジナル文より要約

TPPについて私が知っている二、三の事項(3)

Deux ou trois choses que je sais d'elle(3).

 

クライストチャーチで壊滅的な地震に襲われたその日、当地でアメリカ・ニュージーランド評議会(US-NZ Council)とよばれる団体が主宰する両国の第4回パートナーシップ・フォーラムが開かれていた。
21日からのフォーラムに米側からはデビッド・ヒューブナー米大使(1984年から85年、東京で柿澤弘治のスタッフをつとめた)、カート・キャンベル国務次官補(東亜太平洋担当)、ブッシュ政権で通商代表を務めたスーザン・シュワブ、エヴァン・バイインディアナ州知事(元上院議員)、リチャード・アーミテージ、クレイトン・ヤイター元農務長官(親ブッシュ政権)、クリス・ヒル元イラク大使/元国務次官補(東亜太平洋担当)、国土安全保障省のマリコ・シルバー次官補など、このほかドン・マンズーロ下院議員など8人からなる議員団も参加した。ニュージーランド側は外務貿易省の実務のトップであるジョン・アレン事務次官(元NZポストの最高責任者)などが参加していた。ニュージーランド側の主催者は日本・ニュージーランド・パートナーシップ・フォーラムなどを通し、日本の経済界とも交流の深い現地経済人やロビイストたちだ。
TPP推進がこのフォーラムの大きな目的だった。労組はTPP交渉の不透明さなどを理由に、すでにかなり批判的な立場を取っている。ニュージーランドでは交渉の不透明さ、そして主権侵害がTPP反対の大きな理由になっており、問題点を指摘する『No Ordinary Deal』という本も出版されている(農文協から翻訳出版が予定されている)。「ニュージーランドは「NZ Not for sale」という反TPPキャンペーンが広範に繰り広げられている。
これらの心配を打ち消すかのように、US-NZ評議会のスティーブ・ジャコビ議長は地震の前日に放送されたラジオNZとのインタビューで、TPP交渉が秘密裏に行われている理由をこう述べている。
「交渉内容をオープンにしてしまえば既得権を持つ連中が反対する。家屋の売買や雇用契約はオープンでは行われないだろう。WTOの交渉はすべてオープンに行われた。どういう結末になっただろう。だから、TPPの交渉は水面下で行われているのだ」
また、22日の朝、ジャコビはTVNZの番組に出演し、その中で外国の企業や投資家が主権国により商活動が侵害された場合、政府を提訴でき、勝訴すれば損害賠償を求めることができる条項が含まれるだろうと述べている。しかし、ジャコビは、同じ条項がすでに中国との自由貿易協定の中にも含まれており、何も新しいものではない。その心配は取り越し苦労であると反論している。
これは国対投資家の紛争解決条項(ISDS)のことでNAFTA11章とも呼ばれる。特に医薬品や食品管理、知的財産について、主権が失われるのではないかという危惧がある。例えば、条約締結国が禁煙を決めればフィリップモーリス社などが訴えることが可能であり、ペットボトル飲料の販売を禁止すれば、コカコーラ社などが商業活動を阻害されたと訴えることも可能だと言われている。
昨年12月に暴露されたウィキリークスの米外交電によれば、主席交渉官、マーク・シンクレアはそれほど乗り気ではないようにも伝わってくる。ウィキリークスの暴露した外交電によれば、去年2月にシンクレアは米側に「TPPはニュージーランドにほとんど何の利益ももたらさない」と漏らしたとされている。もし「報酬」があるとすれば、日本や韓国の農産物市場に圧力をかけることぐらいであり、それも長期的にみてのことだと述べたとされている。
「ニュージーランドの企業はアメリカ市場に参入できることになるとバラ色の夢を描いているが、それは現実とはほど遠い」
つまり、TPPはほとんど誰の利益にならないものであることを主席交渉官が認めているのだ(もちろん、これはアメリカ大使館の外交官の印象であり、正確だとは限らない)。
そろそろ、交渉の内容が明らかにされるべきではないだろうか。日本ではTPPが農業の問題に特化されて報道され、議論されがちだが、そもそも、この交渉が有権者から秘密裏に行われていることの是非を問うべきだろう。
参考:前回記事 2010-12-21 http://goo.gl/kQZMM

2011-03-02

リビアとソーシャルメディアとジャーナリスト

リビアでは反政府運動が始まって以来、当初から政府側による厳しい弾圧があって報道記者もほとんど入れない厳しい状況でした。
従って従来型のメディアからの情報は絞られていました。
しかし、細々ではありましたがTwitterやYouTubeなどによって動画を含む一次情報が様々な人から世界へ発信され続けていました。また電話などで得られた情報もTwitterを通して広く発信されました。
ジャーナリストが取材した情報も、直接Twitterで、またアルジャジーラやBBCなどのWEBを介してTweetされました。

タハリール以後、私たちはそれまでと随分ちがった仕方で世界の出来事を見ている気がします。
断片的な一次情報は事後的に検証され、訂正されなければならないことも少なからずあるかも知れません。スピンも充分に警戒されるべきでしょう。
でもソーシャルメディアから得られた情報は、一つ一つは断片であったとしても多面的に即時的に発信され、直接的に受信されると共に、ソーシャルメディア空間の中で多面的に検証されつつ、interactiveに受信されかつ発信されます。

事実がエコーによって散乱されるのではなく、焦点が定まっていくように私には思えました。

既存のメディアによる情報の流通では避けられない、編集フィルター(紙面作りやニュース構成、言葉遣いやしぐさ、を含め)を通さずに、直接的・多面的・即時的に情報が届くと云う新しい地平に私たちは立っているのだと思います。

日本では面白いことに、ソーシャルメディアに集う人々はツイッターとツイッターをポータルにした諸外国の報道機関から情報を得て出来事を把握し、事後的にマスメディアの報道の検証をしているように見えます。既存のマスメディアの情報などほとんどアテにはしなかったし、そのタイムラグもまた決定的でした。 
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情報面においてタハリール革命との違いは2つ
1)アルジャジーラのダダもれライブがなかったこと
2)優秀な多数のジャーナリストがいなかったこと

私はあのアルジャジーラの固定カメラの映像がとても印象的です。ほかの編集された映像よりずっと私たちにタハリール革命の実相をリアルタイムに体験させてくれました。あの映像をエジプトから遙か遠い地点から見ている我々は不確定な事実だからこそ、ある種の判断を常に迫られていました。日本の新聞やテレビによるお仕着せの観点に汚されることがなかったのです。
(アルジャジーラの視点でアルジャジーラの編集の枠組みで見ていたことも忘れてはならないところではあります)
映像の影響力は圧倒的です。私たちの認知はそこに縛られていると云っても良いくらいです。その映像をいつでも見ることができた。映像によって真偽を確認することが出来ました。

二番目はタハリールで(私には)初めて知ることになった勇敢で沈着冷静かつ判断力に富んだ多くのジャーナリストが現場にいてくれた。彼らはプロの判断に基づく事実を知らせてくれました。
彼らがいないとさすがに私たちは不安になる。ベクトルの違う細切れになった情報が様々な方向から飛んでくると整理さえ出来ないし、真偽の判断はもちろん心許ないのです。

by manomasumi